城北地区(13)

大伊豫の友國の湯にひたりつつ
  ほのほのとしてものをこそおもへ(吉井)勇

 吉井勇(一八八六―一九六〇 明治19年―昭和35年)は、昭和9年、当地に二カ月間滞留して、この歌を詠んだ。彼は青春放埓、常に享楽の人生を艶情と哀愁の二色をもって平明に歌い続けた。土佐隠棲の志を持つようになった昭和6年から、妻と別れた昭和8年の頃、今までの流離放浪の生活を清算して、あわれ深い人生的歌風に変わった。この歌は、その頃の歌。同時作に、「寂しさをわすれむとしてはるはると伊豫の湯の里友國に来ぬ」「なつかしき思ひでのある心地して堀江の海の遠鳴りをきく」がある。「友國」は、この地の小字名で、「友國の湯」は「権現温泉」のことをいう。

所在:松山市福角町(清泉フォンテーヌ前)

城北地区(13)番