城下コース(13)

風ひそひそ柿能葉落としゆく月夜(野村)朱(燐洞)

 自由律の俳人野村朱燐洞のこの句碑は、昭和52年11月26日(彼の誕生日)除幕式が行なわれた。建立者は門下の高木和蕾。彼は七歳年下で、この年、満七八歳であった。
 句碑石材は、和蕾の友人、松山市高井町波賀部神社宮司武智圭邑(号、不申)より譲られたものである。
 この句は、大正4年(一九一五)11月6日、朱燐洞の句友金本時雨傘(本名岩太郎・彩泡とも号した。元、上浮穴高校長金本林造の父君)の自宅(松山市河原町)で、朱燐洞の主宰する十六夜吟社例会があった時の作品で、この時二三歳であった。
 朱燐洞大正時代の家は、この三宝寺の近く(小唐人町三丁目26番地)にあり、彼の葬儀はこの寺で行なわれ、のち、門下の森南川主催の追悼会もここで行なわれた。菩提寺は市内小坂二丁目5の5多聞院である。朱燐洞の句碑はその多聞院や、松山城南高等学校、市内高浜町一丁目にもある。

所在:松山市喜与町二丁目(三宝寺)

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